「ニートが日本を救う」
先日、ある県の依頼で「若者自立塾」というニート支援を目的としている施設でEQ研修の機会をいただきました。
初めて「ニート」と呼ばれる方たちとお会いしました。
正直、どんな方たちなのか不安と戸惑いがありました。
個人的にはニートに関する書籍も読んでいますし、EQジャパンの活動でも厚生労働省やニート支援のNPOの皆さまはじめ、個人で支援されている方々とお話をしてきましたので、頭の中でのイメージはできていました。
しかし、
不安1:直接お話が(会話)できるのだろうか
不安2:EQの理解や能力の開発をみなさんに伝えることができるのだろうか、理解してもらえるのだろうか
不安3:「ニート」という言葉自体彼らに使用していいはずもなく、そもそも彼らは自分たちを「ニート」と思っているのだろうか
不安4:彼らは自分たちのことをどう受け止めているのだろうか・・・
などなど、悩みいっぱいの気持ちでその日を迎えました。
私の緊張が彼らにも伝わってしまったようで、全体の空気も緊張気味となり、お互いに笑顔など作る余裕もなく(もともと笑顔が苦手なようです)堅苦しいスタートとなってしまいました。
生徒さんは11名です。
前夜いろいろ考えた結果、私が一方的に話すのではなく対話と会話の中で進めていこうと思っていましたので積極的に話しかけてみました。
直ぐに言葉は返ってきませんが、私の質問の意味をじっくり考え、返す言葉を選んで話しはじめます。
私には「言葉をかみしめながら話す」という印象に写りました。
いい加減な言葉や言い方ではなく、ゆっくり、そして発言する言葉の意味を頭で確認し、相手に気遣いをしながら話ているように感じました。
昼食も彼らの作った料理を食堂で一緒に食べました。
会話もなく、静かにもくもくとひとりお箸を口に運ぶ・・・
というお昼ご飯の風景が、私のハートに火をつけたのです。
それからというもの
彼らに容赦ない質問攻めです。拙著にも書いていますが「気軽に話しかける言葉」の
シャワーを浴びていただこうと必死に会話を挑みました。言葉にして話してほしい、
笑顔が見たいという一心で話しかけてみました。
しかし、会話が続きません・・・。
話しかけに、一言答えが返るだけなので盛り上がらないのですが、なぜか全体は不思議な雰囲気に包まれていくのです。
落ち着いてゆったりと時間が流れていく、私の感情もあせりやイライラなどなく、気持ちが落ち着くのです。
休憩時間には「お茶はいかがですか」「おしぼりです」と生徒さんたちが気を使ってくれます。スタッフの方の指示があるのかもしれません、でも「ありがとうございます」という気持ちを彼らから感じるのです・・・。
ニートになった理由は様々です。
共通するのは、ハートが傷ついていることです。
しかし、傷ついているからこそ「優しいこころ」を持っていると思いました。
この「優しいこころ」は、今の日本全体が忘れている「こころ」ではないでしょうか。
彼らが言葉をかみしめて話すのは、自分の言葉が相手を傷つけてしまうのではないか・・・という不安からくるものでした。これは相手に対する思いやりではないでしょうか。
成果主義、実力主義の会社だけでなく、今の日本全体の風潮として言葉を刃物のように刃を剥き出しで使ってはいないでしょうか。
そして、その刃に傷ついている人がなんと多いことか・・・。
私は彼らに「日本人の良さ」を感じました。
日本人って、
もっと優しくなかったですか
自分を優しく見守ってくれる人がいませんでしたか
みんなで頑張ろうと仲間を大切にしていませんでしたか
礼儀正しい人がたくさんいませんでしたか
目上を尊敬し、お年寄りを大切にしてきませんでしたっけ
友情、愛情、志や思いやりを大切にしてませんでしたっけ
彼らにはこういう気持ちがあると思います。
傷ついた経験は辛いものでしたが、そのこころが違う人を傷つけてはいけないという成長を育んでいると思いました。
彼らにこころから社会に出てほしい!と思いました。
彼らがオフィスに居てくれれば、周囲は使う言葉に配慮します。
周囲に対する感情の配慮もできるのではないでしょうか。
彼らの目の輝きを取り戻すことが、
元気な会社、社会、日本を変える!
と感じました。
また一つ使命をいただきました。
高山 直
































最近のコメント